本田宗一郎『やりたいことをやれ』第二章 得手に帆あげて

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第一章に続き、第二章を見ていきたいと思う。

『得手に帆あげて』というのは、「得意分野で働け」という意味である。

そのためには、一刻も早く自分の得手なものを発見しなくてはいけない。

しかし、誰もが心の何処かで、そんなことはわかっているのだ。

・・・が、得手なものを見つけられない自分にもがき苦しむことになる・・・

本田宗一郎氏はどのように自分自身の得手を見つけていったのだろうか?

同氏は、この書籍の中でご自身のお父上について『人生の教科書』と述べている。

「私の父は無学であったが、器用さという点においては秀でていた。」ー引用―

こんな記述から始まる。

本田宗一郎氏のお父上は、自分で墓石を手に入れて自分の名前を自ら刻み、自分が入る墓穴までコンクリートで作ってしまう。

「自分のことは自分でやる」・・・そんな独立の精神を教えてくれたお父上が同氏にとっては類まれな教科書であったのだ。

本書の中で本田宗一郎氏は、お父上が自らの手で作ったその墓を

「私にとっては父が残してくれたもっとも大きな遺産のひとつである。」と語っている。

なんて素敵な話なんだろうと私は思ったのである。

そして、その後、本田宗一郎氏は、お父上から授かった『独立の精神』『天性の商才』を結び付けて育っていくことになる。

同氏は、基礎から勉強し直す為に当時の浜松工業専門学校(現・静岡大学)の聴講生になり、その当時も不必要な科目には一切出席せず、試験にも応じなかったため、校長から呼び出され、退学通知をもらうことになった。

一見、同氏が悪い聴講生だったのかと思うかもしれないが、そうではないのだ。

学問を直接仕事に役立てたいと切に願っていた同氏にとって、免状をもらえるか、もらえないか、などどうでもよい話だったのだ。

問題は、その人の持つ技術であると同氏は考えていた。

料理で例えれば、仮に良い素材があっても、その料理人に技術がなければ、せっかくの素材の良さも台無しという訳だ。

自分に忠実であることが悔いの残らぬものを作るための最低条件だとも同氏は述べている。

技術でも芸術でも、悔いの残らないものをアウトプットして「あなたが欲しがっていたものは、これじゃありませんか?」と言って世に差し出すことが大切であるし、それが商売の基礎ではなかろうか。

そして、その後、本田宗一郎氏が精一杯、人生を生きていく中で運命の出会いが起こる。

副社長として共に人生を歩むことになる藤沢武夫氏との出会いである。

同氏は、その時の気持ちをこう述べている。

「私は藤沢君をひと目見て「これは素晴らしいヤツだ」とすっかり惚れ込んじゃった。藤沢君も同じだったろうと思う。理屈抜きで、そういうものが同時にヒラめいた時に、初めていいコンビが組めるんですよ。過去に様々な体験をして、自らの長所と欠点がわかってくると、自分にないものを相手に求めたくなるんです。」ー引用ー

二人は、暇を見つけては「この会社を将来こうしよう」と互いの夢を語り合った。

共に歩む人生の中で、昭和20年代の終わり頃、本田技研工業に労働組合が出来た。

新たな設備投資をして資金が不足し、従業員に給料を払えなった時期があったそうである。

そんな時にこそ、本田宗一郎節が鳴り響く。

なんと、労働組合に同氏自ら土下座して手を付いて謝ったのだ。

そして、従業員を集め、今までのいきがかり、先の見通し、嘘をつくことなく、事実を全て話した。

最後には皆、拍手をして納得したという・・・

本当に涙なしでは語れない話であると私は思う。

本田宗一郎氏の魅力は、『どんな時でも自分に忠実であろうとする姿勢』であろう。

そして、同氏は、そんな人格と共に『個性ある技術』を追い求めたのだった。

「個人の入らない技術は、価値の乏しいものである」と語る同氏は、「模倣はあくまで手段であって目的にすべきではない。」と考える。

模倣で物作りの基礎を覚えたら、次に必要なものは何か?

「アイディア」である。

そのアイディアこそが新たな需要を作り出すのだ。

そして、またもや、私は本田宗一郎氏の言葉にガツンとやられることになった。

今の私にとって、とてもありがたいお叱りの言葉を本書から受けた気がした。

「人間の労働力が重要なのは、そこにアイディアが生かされている場合である。数億の設備資金よりも、数千の労働力よりも、1人の秀でた生産手段の発明発見が、能力を高めることがありうる。」-引用ー

体を酷使して機械的な労働をすることが働き者と見なされることもあろうが、それは、ゆがんだ労働観であるかもしれないと同氏は指摘する。

私たちは、そのようなゆがんだ労働観で創意工夫の芽を摘み取ってはいないだろうか?

『創意工夫したものを世にアウトプットして送り出すこと』が商売の基本であるからだ。

この記述に私も少々考えを改めた・・・

創意工夫した商品をアウトプットする努力が私には足りていないのだと・・・

私がこの章から学んだことは、『提案型のアウトプットをしなくてはならないのだ』ということ。

平凡なものなど多くの人が求めていないし、そこには一定の需要しか無いであろう。

成人の多くは、自分の生活をするために働いていて、その人たちの生活を賄えるくらいの商売に結び付く創意工夫をすることが求められているのだと思う。

たった一人の人のアイディア、創意工夫が万人に影響を与えることがあるのだから。

そのことが自分には多いに欠けているという現実が、今の私にはとても悲しかった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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