千利休の精神世界 茶の湯 

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今日(こんにち)の日本にある茶の湯の基礎は、平安時代末期に臨済宗を伝えた僧 栄西によって中国から伝えられ、僧侶から公家、武士階層へと広まっていきました。

足利義政が建てたことで知られる銀閣寺には、東求堂(とうぐどう)に四畳半茶室の始まりと言われる同仁斎(どうじんさい)が今でも残っているそうです。

足利義政に茶の指導をしたのが、「侘び茶」の基礎を築いたとされる村田珠光です。

そして、応仁の乱の後、その「侘び茶」を完成に導いていったのは、自由貿易港として栄えた堺で皮革業を営んでいた武野紹鷗

その後、武野紹鷗の門下に千利休が入ることになったのです。

やがて、千利休は織田信長の茶頭(さどう)となり、信長が本能寺の変で倒れた後は、豊巨秀吉によって三千石で迎えられ、「利休居士」という居士号を授かりました。

利休は、点前や道具をできるだけ簡素にして、独自の「侘び茶」の美学を築き上げていきました。

しかし、千利休が七〇歳の年、何らかの理由によって豊臣秀吉の怒りをかい、切腹を命じられ、自尽することになってしまったのです。

その理由は、いまだに明らかにされていません。

利休の死後、息子の少庵(しょうあん)が千家復興を許されたのですが、早くに隠居し、千利休の孫にあたる宗旦に継がせました。

この千家三世の宗旦が、二男宗守官休庵(武者小路千家)、三男宗左不審庵(表千家)を譲り、そして宗旦自身は、四男宗室とともに今日庵(裏千家)を築き、隠居したと言われています。

これが三千家の始まりだったのです。

現在では、この三千家が千利休の教えを引き継いでいます。

 

その教えの中で最も代表的なものとして「和敬清寂」が挙げられます。

この4つの文字には、利休居士の茶の湯の教えが集約されているとも言えるでしょう。

「和」は、調和の「和」です。人と人はもちろん、人と自然、人と物、それらのバランスが取れていることが大切です。これは、平和の和、人の和とともに、感性やセンスといった美意識のバランスという意味も含まれます。

「敬」は、相手を敬うことです。相手を思いやり、尊重する気持ちが大切です。「お先にいただきます」「どうぞ」「いかがですか?」という言葉に表される譲り合う気持ちがあれば心穏やかに暮らすことが出来るでしょう。

「清」は、清浄、清潔を意味します。外見や道具、また、心の美しさも大切です。おごりやねたみの心は醜いものです。また、「清」は「静」にも通じていて、静かで清潔な茶室で心を清らかにするといった意味合いも含まれています。

「寂」は、茶道の美学である「侘び、寂」を意味しています。利休居士の師であった武野紹鷗は、「『侘び』とは、正直で慎み深くおごらぬ様である」と言ったそうです。「己を知って、足るを知る」といった禅の思想を基礎として、心のあり方を説いたのでしょう。戦国時代の武将たちがこれを心の寄り処にしたかった気持ちもわかるような気がします。

 

そして、もうひとつ、茶道の心得として大切な教えがあります。

それは、『利休七則』と言われ、語り継がれているものです。

「花は野にある様」「炭は湯の煮ゆる様」「服は加減のよき様に」

「さて、夏は涼しく冬あたたかに」

「刻限は早目に」「降らずとも傘の用意」「相客に心をつけ候」

これは、お茶会におけるもてなしの要諦として『南方録』に書かれていたもののようですが、いやはや、それだけではなく、人生哲学そのものと言えるのではないでしょうか。

「花は野にある様」これは、自然の尊さ、大切さを教えています。自然との調和の中で自分自身の力で凛として咲いている花の美しさをそのまま茶室に持ってきて飾ること、そして、命をいただき、その命から教えを乞うことの意義深さを説いているのです。

「炭は湯の煮ゆる様」炭は、やたらについでも火は起きません。しっかりと湯が沸くように火を起こすためには、上手な炭のつぎ方というものがあるのです。いわゆる「炭手前」と言われるものです。湯には、「湯相(ゆあい)」といって湯の姿があります。沸騰した熱湯では舌がやけどをしてしまいます。七五度くらいのシュンシュンと湯の沸く音を聞き取り、五感を通して湯相を知ることもまた訓練なのです。

「服は加減のよき様に」これは、湯の温度と同時に、湯の分量についても説いています。口に余るほどの量のお茶ではおいしくなくなってしまうのです。三口半くらいで飲める分量のお茶が一番おいしく満足するものだということです。

「さて、夏は涼しく冬あたたかに」禅においては、「暑さ厳しい時には暑さに向かえ。寒さ厳しい時には寒さに立ち向かえ」という教えがあるそうです。この教えをそのまま受け入れたのでは心に反発も生まれてしまうことでしょう。そこで、「暑い夏には、涼しい演出をして気持ちよく夏を乗り越えよう」「寒い冬には、あたたまるおもてなしで寒さを気持ちよく乗り越えよう」という知恵を茶の湯の世界に凝縮させたのだと思われます。だからこそ、戦国の武将までもが茶の湯の世界を重んじるようになったのではないでしょうか。

「刻限は早目に」これは、「急げ」という意味ではありません。刻限に余裕を持ち、心にゆとりを持たなければいけないという教えなのです。もてなす側にとっても、何が突発事項が起きた時に、心の余裕があれば機転をきかせた対処ができるであろうということなのですね。

「降らずとも傘の用意」これも「刻限は早めに」と同様に心のあり方、心の準備のことを説いています。心のゆとりを持って、どんな場面でもあわてないように備えておくことが大切だということです。茶の湯の世界においては、準備と後始末については常に厳しく注意されるそうです。しかし、人間の世界でも、準備と後始末さえ、きちんとできれば何事もほぼ成功と言えますものね。

「相客に心をつけ候」相客とは、お茶をいただくことによって知り合うお客同志のこと。お互いが思いやりの心を持ってお茶をおいしくいただく・・・そして、茶室の中では身分の上下はなく、人間対人間の平等な関係を保つことが良しとされています。戦国の武将さえも、にじり口から茶室に入る時は刀を抜いたと言われているほど、茶室は清らかな空気を保っていたのです。俗世をしばし忘れ、「ただの人」として茶室に存在し、お茶をいただくのです。このような時間はとても意義深いものであると利休居士は説いているのです。

 

以上、茶の湯の基本的な教えを簡単にご説明してきました。

私は、茶道の世界そのものというよりも、茶の湯において千利休が築き上げた精神世界が好きなのです。

このような千利休の教えは、現代社会においてもじゅうぶんに通じるものだと思います。

私がこの教えに出会ったのは、20代の時でした。

そのおかげで、自分が想像していたより良い人生が歩めたと思っています。

「しっかり準備をして、心にゆとりを持ち、自然や人の和を尊び、常におごりを捨てて、頭(こうべ)を垂れる。」

この教えが私の心の中に根付いていたから、良い出会いにも恵まれています。

皆さんもそんな千利休の精神世界に、しばしの間、ふれてみませんか?

 

 

 

 

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